第一章 パジェンズの医師

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   *** 「なんと謝罪すればいいのかわからない……」  もう何度目になるだろうか。  はじめのうちは、キルリアーナが口に運ぶ焼き菓子の数とほとんど一致していたはずだが、皿が空になってずいぶん経つ。謝罪したいのならばただごめんなさいといえばいいのにと正論を述べたところで、彼はただ同じ言葉を繰り返すだけだった。 「君に謝る良い言葉が浮かばないんだ……」  キルリアーナは聞き流す。返事をするのはとっくにやめてしまった。  窓の向こうの空が赤らんでいる。そろそろここから出ていきたいと思うのだが、『愛の宿』の女性たちが気を利かせて絶え間なく茶を運んでくるので、なかなか思い切れないでいる。もう少し居座れば、きっと夕食が用意されるだろう。 「ああ、いったい僕は、どう償えば……」  キルリアーナの興味は、ロイスの言葉とは関係ないところをうろうろしていた。この男はどうして天蓋つきのベッドに寝転がっているのだろう。もっとも気になるのはその点だった。  二階の一番奥の部屋は、ロイスが自室のように使っているらしい。宿らしからぬタンスが置かれ、私物らしい衣類もあらゆるところに引っかけられている。全体的にかわいらしい内装なのに、いやに雑然としていた。用途のわからない置物も点在している。とはいえ、とにかく異様なのは、やはりベッドだろう。白いカーテンのついた、キングサイズのベッドだ。もともとこういう部屋だったとしても、天蓋はどうにかならなかったのだろうか。似合わないにもほどがある。  浴室から出たキルリアーナが、宿の女性に連れられてこの部屋にやってきたときには、彼はすでにベッドに伏していた。頭を抱えるようにして、似たような言葉を繰り返し続けている。キルリアーナに対して、もうしわけないという気持ちがあるのは確からしい。 「あのさあ、もういいっていってんだろ。こっちが気にしてねえのにいつまでもうだうだやられると、そっちのほうがイヤなんだよ。やめてくんねえかな、そういうの」  そろそろ頃合いかと、何度目かの声かけをしておく。どうせ意味を成さないだろうと思ったのだが、意外なことにロイスは顔を上げた。  機敏な動作で身体を起こし、椅子にすわるキルリアーナを正面から見据える。目が赤い。まさか泣いていたのだろうかと、キルリアーナはぞっとする。 「なぜなんだ」
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