第一章 パジェンズの医師

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 渋い顔をされても、キルリアーナは肩をすくめるだけだ。興味があるのは本当だが、頼み込んでまで知りたいことではない。 「ランセスタの跡取りは旅に出たって聞いたぜ」  そういうと、ロイスは反発するように息を吸い込んで、それから首を振った。あきらめたのか、深い息をつく。 「それはたぶん、弟のことだ。僕はとっくに死んだことにでもなっているだろう」  弟という単語に、キルリアーナは思い出した。いまにも気を失いそうな顔をして、それでもキルリアーナに懇願したのは、その弟だ。  兄さんを助けて──血だらけのロイスを抱いて、震えながら、しかし一歩も引かずにそういった。もとよりそのつもりで訪れたキルリアーナではあったが、弟の存在が興味につながったのは間違いない。  本当にそれを望むのかと、キルリアーナは訊いた。おそらくこの家では生きられなくなるが、と。 「僕は、ランセスタの名は捨てたんだ。もうあの家に関わるつもりもない。君も僕のことは気軽に、ロイスと呼んで欲しいね」 「今後気軽に呼ぶ予定はねえけど。死んだってのは、妙だな。ランセスタの人間が、まさか病に負けたって?」 「うまく美談にすることぐらい、あいつらなら簡単にするだろうさ」  ふうんとキルリアーナは鼻を鳴らした。たしかに、ランセスタというのはそういう家だ。だからこそ、百年に及ぶ長い間、この地を支配し続けているのだろう。 「ところで……ええと、これはなにかの間違いかと思っていたんだが」  ばつが悪そうに、ロイスが咳払いをした。 「君はつまり、キルリアーナ・パジェンズなのか? この手配書の不備ということではなく? 僕はその……君の性別を誤って認識していたから、最初は人違いかとも思ったんだがね」  そういって彼が差し出したのは、キルリアーナの手配書だ。もちろん、女性と明記されている。殺さず捉えることを条件とし、かけられているのは破格の賞金だ。  似顔絵は、キルリアーナ本人が感心するほどに、丁寧に描かれていた。目つきのふてぶてしさなどそのままだ。以前にも一度見たことがあったが、ご丁寧に書き直されているのか、当時のものとは異なっていた。少し伸びた髪もごく最近のものになっており、このあたりの地名まで記されている。 「どこで手に入れたんだよ」
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