12人が本棚に入れています
本棚に追加
心臓が跳ねる。
しかし無論、それはキルリアーナに向けられたものではなかった。
話しかけられたのは、上から落ちてきた人物のようだった。
気を失っているわけではないのだろう、振動が伝わってくる。
なにをいわれるかわからない。いつでも逃げられるよう、キルリアーナは心の準備だけは怠らない。
「ああ……もうしわけない。まさか、落ちるとは。まったく、危ないなあ」
最悪の状況を想定したというのに、聞こえてきたのは、ずいぶんとのんきな男の声だった。もしかしたら、キルリアーナが下敷きになっていることを知らないのだろうか。
落ちてきた人物を思い出そうとするが、わからない。あまりにも急なことだったのだ。アパートメントの二階から落ちたのだろうということだけ、かろうじてわかる。
「ガキを見たのか見てないのか! さっさと答えろ!」
しびれを切らしたらしい男の怒声。しかしそれに答える声は、すぐには聞こえない。
「がき? ガキ……ええと」
キルリアーナが聞いていても若干の苛つきを覚えるのだから、男たちにとってはなおさらだろう。
「見た、かなあ。見てないかもなあ。ちょっと酔ってしまっていてね。待ってくれ、いま思い出すから。ええと、ガキ、ガキ……」
周囲にひとが集まってきているのがわかった。ざわめきがキルリアーナたちを囲み始める。
「……早くしろ」
「いや、急いでる、急いでるとも。だいじょうぶ、僕を信じて。ガキというと──そう、小さな子どものことだね、要するに?」
埒が開かないとはこのことだった。キルリアーナは笑い出しそうになる。もちろん我慢したが、男たちにとってはそうはいかなかったようだ。
「もういい、行くぞ」
吐き捨てるようにして、男がいった。諦めたのだろう、逃げるように、複数の足音が遠ざかっていく。
キルリアーナは力を抜いた。ひとまずは安心だ。あとは、上に乗っている人物──どうやら昼間から酒を飲んでいるらしい──が、どこかへ行ってくれるのを待つだけだ。
最初のコメントを投稿しよう!