第一章 パジェンズの医師

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 野次馬が集まっているなかで這い出していくのは、得策ではないだろう。辛抱強く、待つことにする。 「おっと、なんだろうね、みなさんお集まりで。今日はなにか、催し物でも? ちょうどいい、僕とお酒でも飲みますか。あれ、奥さん、やだなあ、なんで逃げるのかな」  酔っていると自分でいっていたが、どうやら充分にできあがっているらしい。依然として崩れた露天を下敷きにしたままで、男の陽気な声が続く。 「いやあ、なに、もちろん僕の奢りですよ。女性に払わせるなんてとんでもない。お金なら……ああ、店に置いてきたのか。これはまいったなあ」  なにがおもしろいのか、とうとう笑い出す。集まってきていた人々も、相手をするだけ無駄と判断したのだろう、ひそひそ声を残しながら、波が引くように遠ざかっていく。  音が消えてから、たっぷり三十、キルリアーナは数えた。  頃合いだろうというところで、今度こそどいていただこうと、肺に空気を入れる。 「だいじょうぶかい?」  しかし、言葉が舌に乗るよりも早く、身体が軽くなった。布が取り去られる。突然の眩しさに、キルリアーナは目を細める。  身をかがめてこちらをのぞき込んでいるのは、ブロンドの男性だった。緑色の瞳は凛々しく、すらりとした体躯を包むのは一目でそうとわかる上等な衣類だ。  腰には、身なりに不釣り合いな──飾りだとすれば納得の、細剣を携えている。  予想していなかった展開に、キルリアーナの反応は遅れた。 「だい……じょうぶ、だけど」  馬鹿みたいに正直に、答えてしまう。先程までの酔っ払いとはまるで別人だ。まさか演技だったのだろうか。  男はほほえんだ。右手をズボンでぬぐい、ごく自然な所作で差し出す。 「うまくいってよかった。追われていたんだろう? また会ったね、パジェンズの名医。僕は、君を助けたかったんだ」  その手を握る気にはなれなかった。パジェンズという名を知っているというだけで、まずろくなことはない。  キルリアーナは自力で起きあがると、膝を払って立ち上がる。 「オレはあんたに、会った覚えはねえよ」  そう返して、すぐに顔をしかめた。
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