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酒臭い。
酔っているというのが嘘だったとしても、相当な量の酒を飲んでいるのは間違いない。
「おっと、忘れてしまったのかな? 自己紹介をしたいが、いつまでもここにいるのは良い案とはいえないね。この店の親父はがめつくて有名なんだ。このままじゃあ、果物代を払うだけではすまされない」
「あんたがやったんだろ」
思ったままを告げると、男は肩をすくめた。
「そういうことも、あったかもしれない」
過去にはこだわらないタイプなんだ──そう続ける男に、キルリアーナは閉口した。これはだめだ。話の通じない類の人種だ。早々にあきらめ、深くは追求しないことにする。
こういう人種にはできるだけ関わらないのが一番だ。関わってしまった場合は、あまり逆らわないのが得策だ。キルリアーナはとりあえず、感謝の意を示しておく。
「まあ一応、助かったよ、あんたのおかげだ。また会うことがあったら、ぜひ礼をさせてくれ」
もちろん、そんなつもりは毛頭ない。もうこれ以上用はないですさようならの婉曲表現だ。
だが、男には通じないようだった。それどころか、満足げにうなずいたかと思うと、突然キルリアーナを抱えあげた。
「子どもがそんな気をつかうものではないよ。第一、僕は君に恩返しをするチャンスを、虎視眈々と狙っていたんだ。なあに、任せなさい。僕の行きつけの店で君を匿おう。そこで風呂にも入らなくてはね、あまりにも不衛生だ」
「おい、おろせ!」
細い腕に見えるのに、存外に力強い。どうにか逃れようとキルリアーナはもがくが、まったく離す気がないのだろう、男はあくまでにこやかに、さらに力を込める。
「ついでに服も新調しなくては。果実の汁はなかなか頑固だからね。このままでは、レディにもてないぞ」
「あんたなあ……!」
キルリアーナは、男の勘違いに気づいた。気づいたが、指摘するのもばからしくなる。そもそも、そう思われるのには慣れている。
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