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表の看板に『愛の宿』とあったとおり、一応は宿ということらしい。外装は目のくらみそうな桃色だったが、内装は比較的落ち着いていて、白く塗られた木の壁が続いていた。時折飾られているいやに抽象的な絵画さえなければ、普通の宿といえないこともない。
風呂まである宿となると、よほどの高級宿か、または寝食以外を目的とした宿の二択だ。ここはどう見ても後者だった。
降ろしてくれと頼むのも忘れて、キルリアーナはロイスと呼ばれた男を見上げた。
なぜか自信たっぷりの風格で、立っている。
突然降ってきて、まるでそれが使命であるかのようにキルリアーナを助け、ヒーローのように──おそらく本人はヒーローのつもりなのだろう──抱きかかえてやってきたのが、この店。
いったいどういう脳をしているのだろう。覗いてみたいものだと真剣に思う。
「じゃ、お姉さんが一緒に入って、きれいに洗ってあげようかしら。いいわよね、ロイスちゃん? ちょっとお高くなるけど、サービスするわよお」
「おっと、じゃあ僕も入ろうかな」
茶色の髪の女性とロイスが笑い合っている。どうやら正真正銘、そういう店のようだ。
キルリアーナはやっと、このままではいけないと悟った。ロイスの腕から降りて、丁重にお断りする。
「風呂は借りるよ。でも自分で洗える。あんた……ロイス? 服くれるんならくれよ。着替えたら、さっさと帰るからさ」
「いやん、残念」
答えたのは女性のほうだ。ロイスは少し考えるような素振りを見せて、君がそれでいいのならとあっさり承諾した。まったく話の通じない相手というわけではないらしいと、キルリアーナは彼に対する評価を少し改める。
女性の案内するままに、キルリアーナはついて行った。わざとなのか、そういう仕草が身についているのか、茶色の長い髪とついでに尻を左右に揺らしながら、女性が先導していく。
女性は踵の高い靴を履いていて、ただでさえ背の低いキルリアーナの視界には、どうしても尻が入ってくる。見るのが礼儀だという気さえして、遠慮なく凝視した。
なんという洗練されたフォルムだろう。
抽象画ではなく、いっそ尻を飾ればいいのにとキルリアーナは思う。
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