第一章 パジェンズの医師

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「服は、捨てちゃったほうがいいかしらね? 洗ってもいいけど、この臭いとシミ、たぶんとれないわよお」  気を取られていると、尻が心配そうにそういった。否、いったのは女性だ。 「捨てるよ。あいつが新しいのくれるらしいし」 「そう? そうね、それがいいわ。じゃ、脱いだのはそのままにしといてくれたら、こっちで処分するわね」  一つだけ色の違う、大きな扉の前で立ち止まる。女性がそこを開けると、想像よりも大きな、とはいえこの町の大浴場と比べるにはあまりにも小さな湯船が、部屋の奥に構えていた。キルリアーナは内心でほっとする。普通の風呂のようだ。 「いまはあなただけの貸し切りよ。あるものは自由に使って。なにかあったら大きな声で呼んでもらえれば、だれかには聞こえるから」  女性は優しく微笑んだ。わざわざキルリアーナの目線に合わせてかがみ、頭を撫でる仕草をする。顔よりも、大きく開いた胸元が強調され、キルリアーナはやはりそこを見てしまう。 「ありがとう、お姉さん」  素直に礼をいうと、女性はひらひらと手を振って、尻を振りながら廊下を戻っていった。キルリアーナはその尻を見送って、浴場に足を踏み入れる。  のんびりと湯浴みをするつもりも、もちろん浴場の雰囲気を堪能するつもりもない。扉を閉めると、躊躇なく衣類を脱ぎ捨てていく。  ふと、鏡があるのが目に入った。ずいぶんと大きな鏡だ。長身のロイスでさえ、頭の先から足の先まで映し出せるだろう。くすんではいるが、これほどの鏡があるとは、この宿は実は高級宿の範疇に入るのかもしれない。  そこにいる自分を見て、妙に納得した。  肩より上、適当に短く切られた茶の髪。痩せた身体の上にのった顔には、ぎらぎらと大きな目。  この店の女性たちとは、比べものにならない。 「まあ、少年だな」  それが妥当だ。文句をいう気にもなれない。  もう、それ以上は見なかった。迷いなく湯船に突進していく。脇に避けてあるついたてを、一応は扉と平行に置いた。目隠しをする必要も感じないが、マナーというやつだ。  手桶があったので、まず身体を流した。あたたかい。  この湯のなかに入ってもいいものだろうかと、一瞬考える。おそらく問題ないのだろうが、ためらわれた。キルリアーナとしては、果物のべたつきと臭い、それから垢がある程度落ちれば、それで充分なのだ。
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