第1章

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そのあと全国中を巡り、いつの間にか冬の足音がまじかに聴こえる季節になっていた。 われわれのC班は、九州に向かって公演をしながら進んでいた。 季節は確実に冬に向かってすすんでいるはずなのに、車で南に向かって移動する早さが季節の移動よりも早いので、日に日に窓外の景色が夏に向かって戻っていったのにはなんとも不思議な気がした。 京都を過ぎ、岡山、倉敷に入った。 白壁の美しい町だった。 今夜はこの町に泊まった。 宿に入る時、入口で別の劇団と一緒になった。 「こんばんは。」 源さんがあいさつすると、いつもはやさしい陽子ちゃんが急に厳しい顔つきになって言い放った。 「商売仇の劇団よ。あいさつなんかするんじゃないわよ。」 今さらながら、源さんはボランティアではない劇団経営の厳しさを思い知らされた。 劇団が毎回利用しているらしく、世話になった旅館の女将は気さくな人で、源さんを見ると、 「あら、今年入った人? ふ~ん。役者顔してるのね。」 といった。 役者としては、いい男とほめられるよりも何倍も嬉しいことばだ。 11月に入ると文化祭の季節を迎え、公演は1日2公演になり、日曜祝日にも公演が入るようになった。 休日なしのぶっ通し公演である。 劇団員にも疲れが出てきた。 まず源さんが、疲労のために大道具を運べなくなってしまった。 座長に言って、小道具の運搬係に代えてもらった。 座長の竹田は、 「欠陥商品!!!」 と悪態をつきながらも、しぶしぶそれを承知した。 劇団員全てに疲労の色が濃くなり、それは公演の出来や、劇団員同士の人間関係にも微妙な影響を与えていた。 一触即発の状態を抱えたまま 、公演は続いていった。 そんなある日の公演終了後、後かたづけをしていた雷役の要一が、源さんに向かって何かを叫んだ。 よく聴こえず、次の公演が迫っていたので、 「何て言ったかわからん!!」 と言って、源さんははそのまま作業を続けた。 疲れが極限に達していた要一の中で、その時何かが壊れたが、その時そのことに源さんはまったく気がつかなかった。 その夜、ホテルに入って休んでいた源さんは、喉の乾きを覚えて買ってきて冷蔵庫に入れていたコーラを取り出した。 その時、要一は部屋から外出していて部屋には源さんひとりだけだった。 源さんはペットボトルのふたを開けて、コーラを一気に喉に流し込んだ。 何かが変だった。
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