第1章

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転機 新聞屋の仕事がきつくなっていた。 「そろそろ新しい仕事を探さないとな。」 源さんは、廊下にピンポン玉を置くとコロコロと転がっていく四畳半のアパートで、就職情報誌をめくっていた。 ガテン系は体力的に無理だった。 運転免許はあったが、東京都内を走ったことがなかったので自信がなく、仕事にするのには躊躇した。 ふと、劇団員募集中と書いてあるページに目が止まった。 劇団「民芸」と書いてある。 「あの有名な民芸か? でも、そうならアルバイト情報誌には出してないだろう。 」 「30代までか…」 「う~ん、ダメ元で行ってみるかな。」 次の休日の日、源さんはすぐに目白にある劇団の練習場に面接を受けに行った。 目白駅から10分の大通りに面した地下に、その劇団の練習場はあった。 中に入ると、10畳ほどの床張りの部屋で10数人が踊りのレッスン中だった。 通路に申し訳ばかりの机と椅子置いただけの受付にいたポニーテールの女の子に、面接を受けに来たことを告げた。 「履歴書をお預かりできますか?」 源さんは書いてきた履歴書を渡した。 40才で田舎の会社がつぶれ、やむなく上京してから新聞配達員以外の仕事をしたことがなかったので、履歴書はすぐに埋まった。 年齢で門前払いかなとも思っていたが、奥から団長が出てきてオーデションを行うから中に入るようにと言われた。 とりあえず第1段階は通過したようだ。 オーデションの課題は、この劇団の今年の演目である「雪女」のセリフを演じることだった。 ぶっつけ本番で、台本を見ながら話す。 伍作と書いてあったが、何の役かもわからない中、小さい声では落とされると思いできるだけ大声でセリフをしゃべった。 「うん、羞恥心はなさそうだな。 よし、合格。 いつから来れる?」 即決だった。 「はい、来週からなら。」 「じゃ、月曜日の9時から練習があるから、それまでにセリフを全部覚えてくるように。」 「わかりました。」 受かったよ。 意外な気もしたが、最初からこうなることを予想していたような気もした。 勝てば官軍よ。 源さんはおもわず心の中でにんまりした。
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