第1章

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公演初日 衣装をつけて本番と同じように演じる。 途中にダメ出しがあったが、 源さんの演技中にはダメ出しは出なかった。 終わったあとに一言だけ、 「よく2週間でここまで…」 と言っただけであった。 初心者に対しては、最大級の賛辞だったかもしれない。 数年後の演劇学校時代の評価が、 「仕上がりが早い。」 だったことを考えると、生来そのような覚えが早いという能力に恵まれていたのかもしれない。 いよいよ出発の日が来た。 初日は青森県の小学校での公演である。 日曜日の夜に、大道具や機材を全て車に積み込んで、一泊宿泊費を浮かすために徹夜で公演する学校を目指して出発した。 劇団員は車の中で眠るが、座長は運転するため本当に徹夜作業である。 翌朝公演地に着いてそのまますぐに公演である。 その夜からは、ビジネスホテルに泊まって次の公演のある小中学校の地域に移動する。 そして土曜日の夜に東京に帰ってきて、日曜日は休みでその日の夜にまた夜行の車で次の公演地に移動する。 劇団から出ている給料は、 ひとりあたり20万円は越えているはずだが、そこから旅先のホテル代を差し引かれると手取りは6万円ほどであっ た。 若い人は、結婚を理由に転職するため辞める人が後をたたなかった。 だから、常に新人が入る必要に迫られていた。 その中でも源さんの場合は、中年以後に入団した劇団でも異例なケースだったろう。 初日の公演は、さすがに緊張してセリフをしゃべるのに精一杯で内容はよく覚えていない。 終演後のミーティングでのダメ出しで、座長からのクレームはなかったからまあまあのできだったらしい。 後片付けをしている間に、公演を見た子供たちが感想文を書いたものを先生が集めて劇団の座長に渡してくれる。 終演後のカーテンコールの時の拍手と共に、役者が生き甲斐を感じるのがこの感想文を読む時である。 今回は、 「大きい声でよくわかりました。 僕のいる最後列までよ~く聴こえましたよ。」 という評価をもらった。 大人の批評文とは違い、難しい内容ではなく、だいたいが暖かい称賛のコメントが多い中、ときには厳しい意見があることもある。 初日の公演後は、地元のポニー温泉のある旅館に泊まった。 ぬるぬる湯で、石鹸が泡立たない不思議なお湯だったが、体はよく温まって気持ちが良かった。
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