第1章

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窮地の策 時のない時間が過ぎていく。 天国に昇り詰めるのはあっという間だった。 だが、一気に昇り詰めた分、覚めていくのも早かった。 「抜かないで。」 冴子が小さくつぶやいた。 しばらく重なったままになっていたが、ふと壁の時計を見て源さんは飛び起きた。 「やばい、零時だ!!!」 急いで体を洗って外へ飛び出た。 ホテルに向かいながらふと、子供ができたら彼女は生むんだろうかと考えた。 ホテルへ着くと、すでに午前零時を回っていた。 ホテルの門限は午前零時だった。 ホテルの部屋は、6人で4つの部屋を借りていた。 座長と霰役の陽子ちゃんは、各々ひとり部屋。 雷役の要一と俺、源はツイン。 お雪役の由美と母親役の峰子もツインだった。 門限までに帰らなかったことは、要一から座長にすでに報告済みにちがいない。 覚悟を決めて、その夜は外に寝た。 9月の新潟は一晩中外で過ごしても凍え死ぬ心配はない。 そう思ったら、公演のベンチでいつの間にか眠りに落ちていった。 次の朝目覚めると、もうホテルは開いている時間になっていた。 急いでホテルの部屋に入ったが、要一はもう起きていた。 どこへ行っていたのかと聞かれたが、面倒だから何もしゃべらなかった。 当日の公演は、寝不足ぎみで声での勝負は出来ないと判断して、奥の手の目力を使って芝居をすることにした。 前列の席に座っていた生徒には上手く伝わっただろうが、 一番後ろの席の生徒にはその演技が届いただろうかとはなはだ心もとなかったが、終演後の評判は以外にもかなり良かった。 気力の演技が、会場の空気を伝わって後ろまで届いたらしい。 しかし、ミーティング時の座長の竹田のダメ出しは厳しかった。 「なんだ、今日の演技は!!! 全然声が出てなかったぞ!!!」 と、こてんぱんに怒られた。 他の劇団員に示しがつかぬということだろう。 まぁ、やったことはしかたがない。 だが、役者はどんな状況下でも観客にアピールできる演技ができなければならない。 その点では、自分の中では作戦成功だった。 公演では観客に受けたものが勝ちである。 やっぱり勝てば官軍よ。 ふふふ。 その日の公演は、中学生が観客で、ろくでなしども(お前もだという観客から源さんに対しての声あり)が終演後お雪を出せ、お雪を出せとうるさくカーテンコールを何度も要求してきた。
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