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扉が開いた音でアイリスは目を覚ました。
夜が明けるにはまだ間がある時刻で、薄板葺きの屋根を穿つ音が、夜の闇に絶え間なく響いている。
母が、土間の水場で手を洗っているのが、ぼんやりと見えた。足音をあまり出さないように寝間に上がってきた母が、ベッドに体を滑り込ませると同時に、ふうっと雨のニオイと、麝闘のニオイが、漂ってきた。
戦士を乗せ、水流を泳いでいく巨大な麝闘の鱗は、その名の通り、麝香のような独特の甘いニオイがする粘液で覆われている。麝闘の背に股がり行く戦士たちは、どこにいても、そのニオイで分かるほどだ。
麝闘の世話役の母もまた、常に、このニオイをまとっていた。アイリスにとっては、生まれてこの方、ずっと嗅ぎつづけている、母のニオイだった。
「……おかあさん、さっき、雷、鳴った?」
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