第1章

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ーー麝闘は、決して人に馴れない。……馴らしてはいけない動物なの。わたしたち麝闘乗りや戦士たちが触れるときは、この麝闘笛で麝闘の感覚を痺れさせているだけなのよ。 母は、手の甲で、まるで戦士がもつ剣のように、腰に差している横笛を撫でた。 母が笛を唇にあてる仕草は、もちろん見慣れた光景だったし、教練に出る戦士たちがいっせいに笛を口にあてて息を吹きこみ、まるで丸太のように硬直した麝闘の背に素早く鞍をかけ、よじ登り、頭部に生えている二本の長い角をつかんで股がる姿も見たことはあった。 いったん背に股がり角をつかんでしまえば、麝闘は乗せた戦士の意のままに行動するようになる。角をつかみ、顎をあげさせていると、水に潜ってしまうこともないという。 麝闘にはとても鋭く、硬い爪が生えた前脚と後脚があり、地上に這い上がり駆け出せば、その早さは、どんな駿馬にも勝るスピードを誇る。アイリスには地上を駆ける麝闘が蛇よりも竜に見えたが、彼らの棲みかは水中であり、脚をぴったりと腹につけ、うねりながら泳ぐ姿は、まさしく蛇だった。硬い鱗には矢も刺さらず、戦士を乗せて敵陣に躍りこんでは人馬もろとも噛み裂いて殺す、凶暴な蛇……。 麝闘乗りは、野生の麝闘が産卵期になると、巣の中に産みつけられたたくさんの卵の中から、麝闘に見つからぬよう密やかに、一つ、二つと、卵を採ってくる。その卵を孵化させたのち、幼体でいるうちに、その耳の部分を覆うまるで蓋のような鱗を切り取ってしまう。
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