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ほどなくして戻って来たおばさんが出してくれた冷たい麦茶を口に含む。
「もう……1年ね………」
ぽつりと呟いた声は、去っていく夏を惜しむように声を張り上げる蝉にかき消されそうだった。
「……郁ちゃん、これもらってくれない?」
テーブルの下から取り出し、差し出された小さなポーチ。
おばさんに促され、中身を確認すると
「これ……希ちゃんの……」
鼻の奥がつん、と痛い。
「直前まで使ってたやつよ」
「そ、そんなっ!こんな大切なものもらえません」
慌てておばさんに返そうとする私の手を、両手で包んでそっと首を左右に振る。
「郁ちゃんに、持っていて欲しいの」
泣きはらして充血したおばさんの潤んだ瞳が、私の言葉を拒んでいた。
「………どうして………どうして希は死を選ばなきゃ、いけなかったのかしらね……」
俯くおばさんの声が震えている。
テーブルの上にパタパタと落ちる滴が、切ない。
ポーチを強く握り唇を強く噛みしめる。
目の奥が熱くて、溢れ出す涙に逆らえない。
この部屋は悲しいくらい静かなのに、窓の外では、夏を謳歌する楽しげな笑い声が響いていた。
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