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「悠兄ちゃあん!」
「うわあっ!」
「ひゃっ」
引き戸を開けた途端飛び込んできたのは、セミの声と日に焼けた男の子だった。
小さな侵入者は、昔ながらの土間に尻餅をついている。
「だ、大丈夫? ごめんね、怪我しなかった? 痛いところはない?」
ぽかんと口を開け僕を見上げる男の子の目が、好奇心できらきらと輝き出す。
「だあれ?」
「あ……。えっと、悠介の友達なんだ。このお家でお留守番してるんだよ」
「ふうん」
美大の夏季休暇を利用して、港町まで遊びに来ていた。
近くに住む親戚の子供の話は聞いている。この子の事だとすぐにわかったのは、首から提げられた小さな鞄に『とおる』と名前が入っていたからだ。
「透君、だよね」
「そうだよ! ぼくの名前知ってるの? ぼくはなんて呼べばいい?」
「ともきって名前だから、好きなように呼んでいいよ」
「じゃあねえ……、ともちゃん!」
人懐っこい笑顔で勢い良く立ち上がった少年は、きょろきょろと何かを探し始めた。
「悠兄いないの? モチのお散歩行っちゃダメ?」
「ううーん……」
一人じゃ危ないからと言い掛けたところで、くいっと小指を引っ張られた。
「ともちゃんと一緒ならいいでしょ?」
「えっ……」
留守番中だったから返答に詰まる。でも、書き置きをして行けば、悠介やおばあさんに心配をかける事も無い。
「じゃあ、一緒に行こうか」
やったあ!と全身で喜びを表現する男の子を見ていると、つい頬が緩んでしまう。希望に満ちた目を曇らせたくなかった。
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