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黒のコートに身を包んだ男が、静かに僕を見下ろしている。
「悠介は……どこですか」
考えるよりも先に、問い掛けた。
おじさんは形のいい片眉を上げると、少しだけ笑った。
「ダイニングのソファーで眠っていただろう。まだ、寝惚けているな」
「ごめんなさい……」
「謝るような事をしたのか」
芯から震えた。
この人は、きっと気付いている。
「悠介を……叱らないで。全部、僕が悪いんです」
これ以上立っていられなくて蹲る僕に合わせ、おじさんがゆっくりと膝を折る。
ふわりと煙草の匂いがした。
「――困難な道へ進もうとしている息子の背中を、黙って見送るつもりはない。私も、君のご両親も」
普段の柔らかい物腰とは正反対の空気を纏い、射抜くような視線で僕を捉える。
逞しい体躯の大人が着こなすスーツ姿を、初めて怖いと思った。
「どんな手を使ってでも、阻止する」
息子への深い想いをたたえた目に、何も言い返せなくなる。
僕という存在を、本能が赦さないのかもしれない。
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