55

2/10
前へ
/283ページ
次へ
「悠兄ちゃあん!」 「うわあっ!」 「ひゃっ」  引き戸を開けた途端飛び込んできたのは、セミの声と日に焼けた男の子だった。  小さな侵入者は、昔ながらの土間に尻餅をついている。 「だ、大丈夫? ごめんね、怪我しなかった? 痛いところはない?」  ぽかんと口を開け僕を見上げる男の子の目が、好奇心できらきらと輝き出す。 「だあれ?」 「あ……。えっと、悠介の友達なんだ。このお家でお留守番してるんだよ」 「ふうん」  美大の夏季休暇を利用して、港町まで遊びに来ていた。  近くに住む親戚の子供の話は聞いている。この子の事だとすぐにわかったのは、首から提げられた小さな鞄に『とおる』と名前が入っていたからだ。 「透君、だよね」 「そうだよ! ぼくの名前知ってるの? ぼくはなんて呼べばいい?」 「ともきって名前だから、好きなように呼んでいいよ」 「じゃあねえ……、ともちゃん!」  人懐っこい笑顔で勢い良く立ち上がった少年は、きょろきょろと何かを探し始めた。 「悠兄いないの? モチのお散歩行っちゃダメ?」 「ううーん……」  一人じゃ危ないからと言い掛けたところで、くいっと小指を引っ張られた。 「ともちゃんと一緒ならいいでしょ?」 「えっ……」  留守番中だったから返答に詰まる。でも、書き置きをして行けば、悠介やおばあさんに心配をかける事も無い。 「じゃあ、一緒に行こうか」  やったあ!と全身で喜びを表現する男の子を見ていると、つい頬が緩んでしまう。希望に満ちた目を曇らせたくなかった。
/283ページ

最初のコメントを投稿しよう!

643人が本棚に入れています
本棚に追加