第1章

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 K子が顔を歪ませて、歯医者がやっと手を離した。 「ちょっと削りすぎちゃったかな」  不意に目があった。笑ってるとK子は思った。いや笑ってないとK子は自分に言い聞かせた。この歯医者には悪意があると思った。いや悪意ではないと自分に言い聞かせた。しかし、絶対にあるのだ。今もやはり目が笑っている。 「これいたい?」  K子は口を開けたまま頷いた。  麻酔、と歯医者が声を上げた。  助手が歯医者に注射器を差し出した。K子には始めから麻酔が用意されていたような助手の無駄のない動きが異様なほど冷酷に感じられた。 「君、やってみる?」と歯医者が助手に言い、続けてK子に言った「息は止めないで、鼻でして。そう」 (悪さをする時は人の手を汚すのね)  震えている針先が自分の口の中に入っていく。
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