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赤ちゃんの泣き声が聞こえた。生まれた途端に赤ちゃんは泣けるんだなと妙に感動と納得をした。――へその緒を通して酸素を補給していたのが、生まれて初めて、肺から息を吸う。――これを、生まれて一秒足らずで出来るんだから、人間の生命力はすごいものだと思う。
「首にへその緒が巻き付いていたんだねー」
「え、本当ですか」
「うん。二重に巻き付いていたよ。赤ちゃんもお母さんも頑張ったんだねー」
「頑張ったわねえ。お疲れさま」
「……はい」
……幸せな疲労感。
赤ちゃんとへその緒がつながったフシギな感覚。
これは、体験したひとにしか分からないものだろう。
その後の処置は結構時間がかかった。
裂けたところを『縫われる』のはそれなりに痛かった。肉に針や糸の通るなんとも言えない感覚。大仕事に比べれば小規模な痛みだが。――出産のときもだが、わたしはびびりなので、なるべく見ないように、目を閉じるかうえを見るかしていた。
ほとんどを目を閉じて過ごした。
妊婦は出産すれば一息つけるが、石川先生とトメさんは忙しそうにしていた。縫合処理。後片付け。赤ちゃんの検査。――幸い、子どもは異常なし。耳も聞こえてるようだった。
「ほうら。赤ちゃん抱きましょうか、お母さん」
血みどろの赤ちゃんを抱くと、胸の奥からじわっとあたたかい感情が流れ来た。
トメさんがうちの夫を呼びに行く。
それから、おっぱいをあげた。生まれて間もないのにちゃんと乳首に吸い付くし、飲むのだ。
夫の、我が子を可愛がる姿にも感動した。産着にくるまれた子を、愛おしそうに抱っこする。わたしの手を握り、お疲れさま、と言ってくれた。
――そういうゆったりした時間を過ごしているうちに、遅れて疲れがやってきた。
寒くもないのに歯の根が合わずかちかち奥歯が鳴る。内ももが笑った。全身に、恐ろしいくらいの筋肉疲労を感じつつも、――
深呼吸をし、目を閉じて休んだ。
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