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第一章 ほんとにここで?
山々の地肌が生い茂る若葉に隠されている。山の麓からひと続きに田畑が広がり、辺り一帯、じゅうたんを敷き詰めたような田園風景を成し遂げていた。何十キロと続く平地を、キャンバスに油絵の具を叩きつけたような、濃淡の緑が埋め尽くす。
電車に乗って一時間。
延々とこの風景を眺めている。
風は、ない。
田んぼの表面を波立たせるものはなにもない。窓の外の風景は、一枚の静止画のようにただそこに存在していた。
――旅で来ていたら感動したのかもしれない。
頬杖をついている手のひらがぬるついているのに気づいた。頬も汗でじっとりと。頬から手を離してみると、肘のあたりが赤くなっていた。右腕の肘から先が日光に明るく照らされている。顔もきっと赤くなっていることだろう、ずっと直射日光を浴び続けているのだから。
それでも、わたしは思う。
これからの生活に比べたら、日に焼けることなんて大したことないんだと。
――再び頬杖をついた。それ以外にするべきことが特に見当たらなかった。例えば本を読む気にもなれない。――車酔いをし易いから。
これからを空想する気分にもなれない。
夢見る気分、なんて、もっとだ。
電車のレールは田畑を縫うようにして続いていく。――多少のカーブを交えつつも基本的には一本道のようだ。わたしの住んでいた東京と比べると随分と平坦な田舎といった印象だ。
ここは果たして人間の住む所なのか、と疑問が頭をもたげた頃に、民家が現れた。
やけに大きい。向こうで言う二三軒ぶんに相当しそうだ。古き良き日本家屋といった印象。そこから続く畦道の途中に、置き忘れたかのようなトラクターが置かれていた。
きっと、空気は澄んでいることだろう。
車もない。歩くひとも居ない。コンクリートで舗装された道路とも無縁で、裸足になれば大地を足の裏で味わえて。
そうだ、自然は最高だ。
……と、ひとは言う。芸能人が田舎を訪れる番組はよっぽど需要があるのか毎週放送されている。だがその一方で、いざスローライフを送ってみると現実と理想の落差に失望する熟年夫婦も多いんだとか。
わたしは、向こうでの生活に希望を描いていない。――母のほうは、どうだろう。
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