第一章 ほんとにここで?

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 描いているとしたらどんな夢だろう。  わたしについて、それとも自分自身について――?  目の前の母は、読書に没頭している。この蒸し暑い車内で視線をものともせずに読み耽るとは、すごい集中力だ。『キッチン』――どちらかといえばわたしの世代に人気のベストセラーだ。わたしは概要だけ知っているが、なんとなく好きになれなかった。  夢と希望と次いでに美人が描かれているから。 「あと、……どのくらいで着くの?」おもむろに声をかけた。 「そうねえ」意外にも母の反応は早かった。「一時間足らずかしらねえ。もうすぐよ」  六十分弱のどこが『すぐ』なのだろう。  こちらの沈黙を気にしてか、母は顔をあげた。  ――わたしは母によく似ている。  その丸顔も、年齢より必ず下に見られる童顔も。  実際の体重よりも重く見えるから、わたしは丸顔が嫌いだった。  事実わたしが見ているのは、母のやつれた顔だった。  スポーツ選手みたいに頬が削げている。この暑い車内のせいで、汗でファンデが白浮きしている。シミそばかすも目立つ。  ――こうして母と面と向かって話すのは、一ヶ月くらいぶりに思う。  わたしが母を避けていたのにはそれ相応の理由がある。  それに対して母はなにも言えない。  ただ、曖昧に笑うだけだ。  今回もやはり、弱腰な態度を母は選んだ。「……そんなに嫌(や)な顔せんでも。もうすぐやわいね。もうちょっと辛抱してな」 「辛抱ってどのくらい」  わたしは自分の声が尖っているのを自覚していた。そしてそれを止めるつもりは無かった。「……どうせお母さん、戻っても出戻りとか言われるんでしょ」  そしてわたしは母との対面を避け、また他のものに逃れるのだ。  頬杖をついて、窓の外の景色を眺めることで。「それに……」  ただ言葉だけで反撃した。「これからずっと辛抱するってことでしょう」  ――ベルトコンベアみたいに流れる映像のなかに、東京と同じものをなにひとつ見つけられない。風はなにもないのにわたしは自分の内面がさざ波のように波立つのを感じていた。  やがて、看板が現れた。 『いらっしゃい、能登へ』――出迎えはサイレントだった。  わたしの耳にはまだ、別れの言葉がこびりついている。 『元気でな』  ――最後まで父は、言葉少なだった。  JR町田駅のだだ広い改札口の前で。
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