第二章 それは不幸なことじゃない

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近くの踊り場に着いた所で茶髪は足を止めた。 「ごめんね。紹介するのが遅れちゃって。僕は桜井和貴(さくらい かずき)。彼は、」 「蒔田一臣(まきた かずおみ)」 黒髪は目を伏せたままだ。 「蒔田のことは、マキって呼んでんだ」 屈託なく笑う茶髪。整った顔立ちにもどぎまぎさせられる。 直視を回避して周囲を見回すと、いやに人が通らないことに気が付いた。 まさか、学校の中も過疎なのだろうか。 受験生らしき姿は見当たらない。二年生である彼らはガラガラの校内には不似合いであり、 「二人は、部活か何かで来てるの?」 ふと出た疑問を口にすると、黒髪の顔に瞬時影がよぎる。 両親の顔色ばかり窺って生きてきた私には、それが見えてしまった。 「あ……図書室でべんきょー」 階段に足をかける茶髪が後ろ見で微笑むと、可愛らしい八重歯が覗いた。 「あれが、生物室」 三階に着くと、黒髪の彼が長い廊下の奥を指差した。 この人は、あんまり感情を込めない一本調子の話し方をしている。見た目通りクールな人なのだろうか。 「みやもっちゃん、元気してるかな。僕たちも行ってみようぜぇっ」 茶髪が脱兎のごとく走り出す。 足が、速い。 物凄く速い。 足の蹴り返しが綺麗で、紺のゴム底が何度も見えた。 私は彼に続いて走り出しもせず、ゆっくりと歩いていた。スリッパだし。 黒髪も茶髪と一緒に走ることはなく、彼と二人、取り残された。 何だか、気まずい。
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