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そんなことより頭が焼けそうだ。「熱っ……」空を見上げ思わず呟いた。――帽子を持ってこなかったことを後悔した。
わたしは帽子がことごとく似合わない。
「あっついわねえ……」呼応するように母も呟いた。視線の先には水飲み台があるが、この屋根なしのホームで放置されていては水などとても飲めたものじゃないだろう。
二両が乗り入れるのがやっとのホームの端にいまどき珍しい有人改札があった。改札は、駅舎と続くトタン屋根によって直射日光から守られている。屋根なしのホームよりかは涼しそうだ。影のなかから駅員がこっちを見ていた。
理不尽さを感じるが、わたしはすぐに考えを改めた。
駅員は、ご高齢だ。
照りつけられたアスファルトからは湯気が出ているようで、サンダルの素足に熱い空気がまとわりつく。乾いた喉を潤したかったがそれ以前に一刻も早くここから逃れたかった。自分の足の遅さがもどかしい。――先を行く母は既に駅員に切符を渡していた。
ワンピースのポケットから切符を取り出す。H九.八.一〇……インクの字が滲んでいたし挙句折れ曲がっていた。どうせ有人改札だ。ピンポン鳴らして後ろのひとに迷惑かけることも舌打ちされることも無い。
視線を、感じた。
露骨に見られていた。――じろ、じろ、といった表現が正しい。わたしの上から下までを眺めると、駅員は、ほぉー、と納得したんだか奇妙な声をあげて、
「この、小さな、お嬢さんがかえ……」
『この』『小さな』という連体詞と形容動詞が失礼に当たることに生涯このご老人は気づかないのだろう。
睨み返すわたしに対し、焦ったように母が、これ、挨拶なさい、とたしなめる。
「……都倉(とくら)真咲(まさき)、です」しぶしぶと頭を下げる。
年長者に不敬を働く主義に無い。
頭を下げたわたしの耳に、がっはは、と豪快な笑いが飛び込んだ。
「わっしも年を取るわけだげな。美雪(みゆき)ちゃんにくぉーんな大きな娘子がおるもんなげからな」
……さっきは『小さな』と言っていなかったか――?
自己矛盾に気づかずご老人は帽子の鍔に手をかける。そのしわしわの染みだらけの皮膚を汗が伝う。脇汗なんて正視に耐えない。ワイシャツはシースルーと化して、ランニングシャツが透けて見えてる。
下はきっとステテコパンツ。
家に帰ったら山下清みたいな格好してるんだ。
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