止まらぬ激情 抑える熱情

11/15
593人が本棚に入れています
本棚に追加
/351ページ
「沙羅、止めなさい!話が進みませんッ!!」 再度、華麗な踵落としを見舞う寸前……叱られた。 どうやら、松陰センセイは ヅラが此処に来た真意が気になるらしく……いつの間にか、その顔は 真剣そのものだった。 「松陰、君は 良い猛獣使いになれるよ…」 「そんな下らない冗談は 要りません。……何をしに来た、小五郎?」 射抜く様な松陰センセイの視線に、苦笑とも、自嘲とも取れる曖昧な笑みを浮かべるヅラ。 「そんなの決まってるだろう? 君を止めに来たんだよ、松陰。」 途端に、重苦しい空気が部屋に充満し始める。 この空間は鉛の箱の中なのではないか、と勘違いしそうな程に… 「…私を、止める…?」 鼻で笑う松陰センセイ… そんなセンセイを見るのは初めてで、背中に厭な汗が流れ出す。 「そうだよ、松陰。君は、随分と過激な事を考えているみたいだからね…」 「ほぅ…何が、過激…だと?」 「惚けるんだね。…水戸が大老を襲う、という噂を聞いたのだろう? 『今こそ行動の時』と言って弟子達を焚き付けているらしいじゃないか。それ位…知っているよ。」 溜め息混じりに吐き出されたヅラの言葉に、私は 一人息を呑んでいた。 大老って…井伊直弼の事でしょ…? ちょっと待ってよ… 水戸が井伊直弼なら、センセイは誰を? 正直、入試レベル程度の知識では分からない。 安政の大獄と言えば…『井伊直弼』。 それ以外の幕臣の名前なんて……知らない。 この時、私は 初めて自分の偏った知識に後悔した。 もっと私に知識があれば、此の場で的確な意見を述べられるのに… 松陰センセイを止められるかもしれないのに… 何の口出しも出来ない自分が悔しくて、唇を噛みながら 己の無力さを呪っていた。
/351ページ

最初のコメントを投稿しよう!