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「沙羅……今、何を考えていますか?」
「……人間は弱い、って事……」
私の言葉に見開かれた瞳からは…若干、さっきより緋色が薄まった気がする。
「『人間は』…?『私が』…の間違いじゃありませんか?」
「……そうかもね。私も貴方も…弱いんだよ。」
「……。」
「私は 本当の意味で、人を信じる事は 出来ないの。心というモノがあるなら…私の心は欠陥品なんだよ。
だから、正直言えば……私を『愛してる』と言うセンセイの言葉は 信じられない……」
一瞬、悲しそうに歪んだ眼前の表情に、胸が軋(キシ)む。
「『愛』は分からないけど、センセイの事は嫌いじゃないの……大事なの。」
すっかり緋色の消えてしまった瞳を見据え、ニコリと微笑む。
「…いいよ…」
「…沙、羅…?」
「『人間は弱い』って言ったでしょ?逃げる事は 悪い事じゃない。喩え、一時だとしても…ソレでセンセイが楽になるなら……」
──欲に溺れたらいい──
最後の言葉は視線に載せる。
お互い、口許は緩い半月を描く様に口角が上がっているが…
その目許は酷く真剣。
私は何をしているんだろう……
どんなに欲の浮かんだ眼差しを向けていたとしても、松陰センセイは冗談半分なのに。
この人は 後先考えず、私の意志を無視してまで そんな事はシない……
そんな事、最初から分かっているのに…
今の私は彼の意志を無視して、彼を…煽っている。
彼を獣に堕とそうとしている……
──それでも、
ほんの一時でもいいから…
大事な貴方を 現実から遠ざけたいの……
それに…
もしかしたら…
“ コレ ” で分かるかもしれないデショ…?
……『愛』ってモノが、ね。
首に回した腕に力を込め…
彼の重みを全身で受け止めた。
「…私は…そんなに、情け無い…男、ですか……?」
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