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  しとしとと降る雨に頭痛を覚えながらも、男は笑いながらその着物の帯をほどいていく。  一度だけ紫陽花の花が移ろいだと思うが、その間に何度、男はこうして女を抱いただろうか。  縁側の扉を少し開けて、目で捉えるのも困難な霧のような雨を横目で見ながら、ゆらゆらと腹の上で乱れる女に合わせて腰を振る。  女の演技である表情や声に、騙されたふりをしつつ駆け引きを楽しむ。ここは恋や愛を金で買う場所。ただただ、どちらも一夜を楽しむ。それっきりでもいいが、御互いに本気で無ければ何度逢瀬をしても楽でいい。 ――本気になったら負け。 目線や触れるか触れないかの駆け引き。楽しんだ者の勝ち。  この町は、今日の灰色の空によく似合う寂しい色をしていた。  『玉響御殿』 この花街全体を揶揄する名前。『玉響御殿で遊ぶ』と言うと女を買いにいく事を意味していた。  ここで愛欲や行為に溺れ、財産を使い果たし身一つになった者は数知れず。花魁の警護や篭持ちになれたらまだ良いが、最悪の場合、玉響御殿の奥には男色専用の店もある。労働力にならない男は、そちらに回される場合もあった。 この男もその危機から逃れた一人。
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