第3幕

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「あの、聞かせてください。面白くなくてもいいですから」 頼んでも「でも」と困ったような顔をする岸谷先生に、迷惑も考えずにもう一押しする。 「一応私も、これでも芸術に関わる人間です。知っておきたいんです、お願いします」 その言葉で、彼はじっと探るように私の目を見てきた。 数秒の沈黙、それから聞かれたのは、 「笹本先生、お父様のお勤めはこの街ですか?」 ――随分話の流れから逸れた、突飛な質問だった。 「あの、街の外に出てますが……それ、関係ありますか?」 「ああ、すみません。細かいことを探ろうとしているわけでは……。どうも、話すのが下手で」 と、質問の意味は良く分からないけれど、どうやら話してくれるつもりにはなったようだ。 「僕は祖父も父もこの街に従事していたので、話に聞いていたんです。ここは古くは重化学工業で栄えた街だ――それは、ご存知ですか?」 「ええ、それくらいは。生まれた時からこの街ですから、一応」 「では、かつてこの街の空は青くなかったという話は?」 ドキリとする。 公害の問題は、言われれば思い出す程度には知ってはいる。 だけど遠い過去のこと……歴史上の出来事のように感じていたことだ。
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