第1幕

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新生活の舞台がかつて通い慣れた学校というのは、なんだか不思議な気分だった。 ――春。 穏やかな風と柔らかい陽射しが、新年度の始まりを優しく包み込んで祝っているようだ。 城址公園の桜が満開で、花の重みで垂れ下がった枝が歩道側に溢れるようにせり出してきている。 自然と足取りが軽くなっていった。 いつもは真っ直ぐに行くその道を、今日は右へ方向転換。 目的地は曲がった先にある私立の女子高、10年前に卒業した母校だ。 正門をくぐるのは卒業以来だった。 今でも校舎の東側の端にそびえる大きな桜の木を見つけて、ほうっと安堵のため息が漏れる。 良かった……まだあった。 校舎の窓から手を伸ばせば枝に手が届きそうなその木は、昔から一部の教師に邪魔だと言われていた。 それが今でも切り倒されずに健在で、城址公園の桜並木にも負けじと見事に咲き誇っている。 その姿に勇気をもらってから、10年ぶりの校舎に足を踏み入れた。 今日から1年間、非常勤の臨時講師としてここで音楽を教えることになっている。 音楽科の、声楽コースを。 『声楽専門なんてラッキーじゃない。そのままそこで正規職員にしてもらえばいいのに』 出掛けに母が言った。 教師になりたくて歌を続けてきたわけでは、ないのに。
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