prologue

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「だけどそれじゃ、完全に無駄足を踏ませてしまったことになる」 「いいえ、はじめからそのつもりで。これを口実に僕が九条さんのお顔を拝見したかっただけです」 受け取らないと言ったからには 絶対に収めてはくれないだろう。 柔和な顔して篠宮春人はそういう男だ。 「僕の顔が……なに?」 渋々小切手をしまいつつ、僕は春人に向き直る。 「生けるヴィーナス、ナルキッソスの再来――九条さんあなた、美術商の間でそう呼ばれているのをご存知で?」 「知らないな。財界のサラブレッド――僕のあだ名は大方それだよ」 「それなら教えておきましょう。美術に従事する人間なら、みんなあなたに一度は恋すると」 「そんな事言われると――ますます代金を支払わないわけにはいかなくなるね」 「いいえ、ダメです」 悪戯に笑って 春人は僕に画集を差し出した。
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