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医者の話を聞き終えた俺は、廊下を進んだ。
ゆっくりと動く窓の外の景色は濁っており、蛍光灯に反射した白いタイルはどこか薄汚れていた。
つい先日の、昼時であったであろうか。医者から知らせが入ったのは。
その暗い声音から、朗報が入ってくることなど造作に予想出来た。
彼女、鞆倉真希はそう長くない。
診察室の椅子に腰掛けると、医者は実に単刀直入にこう言った。
正直、目眩みがしそうになった。
だがしかし、彼の瞳を賢明に見続けた。
その瞳は、鋭く、冷たく、そして哀れんだように俺を見返した。
何だかばつが悪くなり、俺は礼だけ告げると静かに戸を開けてその場を去った。
彼女と初めて出会ったのは五年ほど前、丁度初夏の事であっただろうか。
大学のサークル仲間の誘いで飲みに行った時、うっすらと頬を染め、柔らかな笑顔で話す彼女に目を奪われた。
酔いの為か、控えめに見えるその容貌とは裏腹に溌剌と談笑に花を咲かせていた彼女。
その会話の一語一句が、魔法の様に俺を高揚させた。
その後、俺はなんとか彼女の連絡先を入手する事が出来た。
終電で仲間に冷やかされたが、気にせずそのアドレスをニヤニヤと眺めていた。
今思い出すと大層不気味なものである。
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