プロローグ 【初恋】

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保健室の花崎先生は、私の理解者だったと思う。 私は至って健康なくせに、時間や隙を見つけては保健室へと足を運んでいた。 先生と話がしたいから。 その内容は、決して面白くないことで、話す側の私ですら億劫になる程の耳障りなものだ。 だけど花崎先生は、それをいつもいつまでも聞いてくれた。 40歳手前にしては渋めな顔つき。 痩け気味の頬をはじめ、全体的に少しくたびれた雰囲気。 本人自らネタにしている植毛の噂。 高校2年生の幼い私は、それすらも落ち着いた大人の余裕や、年長者の風格だと感じている。 私は花崎先生のことが好きだった。 先生としても、人としても、男性としても・・・。 「天根には、話しておくよ。」 いつものように、ふらりと立ち寄った保健室で、先生は唐突に切り出した。 「何ですか、先生。」 「俺、今月いっぱいで転任することになったんだ。」 「え・・・。」 そう言われた瞬間、目の前が真っ暗になった。 これから先、何を支えに生きていけばいいの? この学校に来る意味は? 毎日を頑張る目的って? 繰り返される自分への問い掛け。 答えを探そうにも、右も左も真っ暗だ。 これがきっと、絶望ということなんだろう。 「天根、君は努力家で我慢強くて、とても優しい立派な子だ。 でも、頑張りすぎちゃダメだぞ。」 「そんな、そんなことありません! 私、私が頑張れたのは、先生がいてくれたから。 先生がいなくなっちゃったら、私・・・。」 どうあっても、私は素直に受け入れることが出来ない。 どうやっても覆せないとは分かってるけど、黙ったままではいられなかった。 「先生、私、先生のこと、」 「困らせるなよ、天根。 俺は――」 「分かってます、そんなの。 だけど一回、一回だけ言わせてください。」 「天根・・・。」 先生は無言になる。 私はそれを、肯定と決め付ける。 「私・・・先生が好きです。」
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