プロローグ 【初恋】

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先生は、ずっと私を見つめてくれていた。 困った顔は全く見せず、ただ、真剣に。 先生には奥さんも、子供だっているのに、そんな事実はおくびにも出さず、私のために黙り込んで、好きにさせてくれた。 そして、私は―― 「先生、ありがとう。」 私は自ら諦めて締めた。 黙っている先生が、いつか言うであろう「ごめんなさい」を、いつまでも聞きたくなかったから。 そのまま告白を続けていれば、もう少しは酔っていられただろう。 うまく先生の優しさに付け込めば、キスくらいは出来たかもしれない。 でも、酔えば酔うほど、現実に戻るのが怖くなる。 もういい、もういいんだ。 私の心は満たされたから。 「もういいのか? 相変わらず、欲のないヤツだな。」 「そんなことないですよ。 でも、ここで満足しないと、」 自分に言い聞かせるような台詞は、思いのほか震えた声。 その声を聞いた途端、視界がじんわりと滲みだした。 ああ、私は最低だ。 先生は私のために無理をしてくれたのに、私は見切りをつけるどころか、その逆。 実に汚いやり方で、不服を訴えてしまったのだ。 「天根・・・。」 「ち、違うんです! これは、先生がいなくなっちゃうのを悲しんでるだけで、失恋したからじゃ――」 「・・・そうか。」 必死に弁解していると、先生はそっと私の頭を撫でた。 「えらいな、天根は。」 その瞬間に私の気持ちは、火に投げ込まれたスプレー缶みたく爆発する。 「先生!」 「おっ・・・と。」 私は先生に抱き着いた。 先生はそれを受け止めた。 そして突き放すでもなく、文句を言うでもなく、無言で私を抱きしめる。 「ごめんなさい、先生。」 「構わないさ。 俺の方こそ"約束"を守れなくて、悪いな。」 それから、先生は私が泣き止むまで、抱きしめたままでいてくれた。 こうして私の初恋は終わる。 そして、先生のいない、つまらない学校生活が始まる・・・。 「・・・天根。」 「はい。」 「預かってたやつ、返しておくよ。」 「あ、それ・・・。」 「俺がいなくなったら、またするかもしれないんだろ?」 「しても、いいんですか?」 「"約束"はパーだし、禁止してたわけじゃないからな。 だから、いいよ・・・。」
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