月花は憂う

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 手のひらは氷のように冷たいのに、触れられている部分の温度は、裏腹に急上昇する。  張り倒したくなるくらい綺麗な顔が近づいてきて、条件反射で目を瞑った。  ふに、と――  柔肉を両側にひっぱられた。 「やわらかい」 「……てめえってホント、びっくりするくらい礼儀がなってねえよな」  鋭さに定評のあるこの目で至近距離から刺してやろうと、目蓋を持ち上げる。  そしてすぐに後悔した。  細められた瞳の奥に、炎。 「答えてください」  槙田の冷気がまた頬に馴染んで、  釘打たれたまま、キスをされた。  俺は呼吸を塞き止める。  たちまち胸の底を襲う苦しさで、あわくはまれた唇が、自ずと薄く開かれて―― 「……ここを選んだのって、」  刹那、離れられてしまった。  だけどまだ、獣の獰猛さは間近で瞬く。 「こういうこと、されたいからですか?」  少し高い位置にある肩に、俺は震える手をかけた。そして、 「……んなわけ、ねーだろうが……!!」  渾身の力で引き離した。  お、とかすかな驚きに見開かれた鳶色の眼には、闇のなかでもわかるほどに色を変えた俺の顔。 「カラオケ屋は歌うとこだぞ!てめえが好き勝手暴れまわるためにあるわけじゃねえんだよ、この、色魔!」 「……先輩は融通がきかなくて困るな」  槙田は芝居じみた仕草で肩を竦め、 「別に内装を滅茶苦茶にするわけじゃなくて、先輩のなかを暴」 「うるせえ!!」 「わるだけなんだからここでも大丈夫でしょ。それに、色魔ってタラシのことですよね」 「んだよ、あってんだろうが……!」 「俺、いまは先輩だけなんですけど」  前髪に淑やかな指を差し入れながら、さらっと問題発言をぶちかます。  今はってなんだよ今はって――半眼でもごもごと呟く俺をよそに、槙田は大きな――しかし、自分の部屋のそれよりは小さいモニターへ顔を向けた。 「だったら目的は歌か……でも先輩が歌うの好きだとはどうしても思えないんですよね。歌えって言われたら割りと平気な顔して歌うけど、心の中では俺下手過ぎる恥ずかしい、とか思ってるタイプでしょどうせ」 「……てめえよりは歌う方が好きだ」 「俺の歌が聴きたいんですか?」 ――推理ゲームじゃねえんだぞ。  あっさりと図星をつかれた俺は、言葉を返すこともできずに唇を細く噛み締める。
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