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「言ったでしょう、美味しかったですって」
こうして重なりあうのが、部室棟のトイレとか、このだだっ広い部屋に限られるせいかも知れない。
10センチ高い肩の向こう側に見える景色は、いつだって酷く空虚に映る。俺と槙田の居るここだけが、世界の全てみたいに思える。
「そういうのだけ疑うの、いい加減やめてください」
「……てめえの言うことは、信じねえって言った」
「そのわりに、忘れ物って言った時はすんなり信じてましたよね」
仕方ない、と思う。
槙田は俺を、俺には勿体無い花の名で呼ぶ。
綺麗だと言うし、可愛いとはもっと頻繁に口にする。俺の作った料理を食べて、御馳走様でした、美味しかったです、と胸の前で両手を合わせる。
槙田は自分の言うことが真実だと言うけど、俺自身のことなら、俺が一番よく知っている。
俺が知る限り、俺は綺麗じゃないし、可愛くはもっとない。俺の料理は、美味しいなんて言えたものじゃない。
「さくら先輩は頑固だ」
ーーんなの、お互い様だろ。
桜なんて、俺には似合わない。
でも、どんなに止めろと言っても聞かないのだから、これもまた仕方ない。
するりと槙田が離れて、夢から覚めたようにはっとする。
慌てて手を離してももう遅く、槙田は脇腹に残った皺を見て肩を揺らした。
「あんた、抱っこされんのだけは好きですよね」
「は……ば、馬鹿言え、別に好きじゃ、」
遮るように差し出される。
無理矢理突き出すんじゃなくて、あくまでも俺の手を待つように。
「先輩のために選んだんです。気が引けるならお礼だなんて思わなくて良いですから、どうか受け取って」
どうか、なんて芝居がかった台詞が、鈴の音には無理なく馴染む。
よく考えたら、せっかく用意してくれたものを、突き返す方が申し訳ない。
そう納得させて、それでもおずおずと、手に取った。
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