月花は憂う

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   マンションの外へ出ると、飛ぶように行き交うライトが眩しかった。  涼しさを帯びてきた風はしかし穏やかで、撫でられた木々が囁きを立てている。  火照った身体を冷ましながら思う。ガードレールの向こう側とは、時間の流れが違うみたいだ。  見上げれば夜空には、夏の盛りより遠くなった雲が、月光を浴びておぼろに浮かび上がっている。  すぐ間近で止んだ雑談の声に、通行人の邪魔になるとようやく気付いた。  慌てて駐輪場へ逃げたけれど、華やいだ声が囁き声に変わったのは聞き咎めてしまって、俺はまた埋まりたくなる。  夜の町を自転車で駆けるうちに、滞っていた熱は吹き飛んだ。この季節は、風が気持ちいいから好きだ。  倒れたまま放置されているサビの酷い一台に、場違いに見える新品が一台。  正反対の二台のみを留まらせた駐輪場、その、閑散とした端っこに、自分のを停めて部屋に向かった。  俺が住んでいるのは、誰に見せても「ボロい」と形容されるアパートの一階。  壁は黄ばんでいるし染みが目立つ。夏は窓を全開にしないと生きていけず、冬は暖房を焚いてもすきま風で寒い。  ふと床を見下ろすと、恐ろしい生き物が蠢いていたりしてーー最早どこの隙間から迷い込んだのか分からないそいつらと、真夜中に格闘することもしばしばだ。  相変わらずボロいなー、よしサキちゃんうちで同棲しよう。  つい1週間前、サークルの同期で集まってたこ焼きをやったとき言われた。  クッションで殴って黙らせたけどーー近頃その男を含め、みんなして妙にぐいぐい来る。  触られたり、唐突に気持ち悪いことを言われたり。飲みとか観劇とかには、以前より頻繁に誘われるようになった。
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