月花は憂う

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 ひょっとしたら心配されているのかも知れない。  何せ2週間前の本番前日、それも、少なくはない人数の前で倒れた身。体調不良はつい最近まで長引かせていたから。  そう考えると申し訳なくてーー3年の付き合いがある奴等の傍らでも、酷く居心地が悪くなる。  あの日のたこ焼きも、味気なかった。  ぼろ部屋でも我が家だ、帰り着くと何だか安心する。  壁のスイッチを押すと、いつもながら不安になるくらいの間をおいて明かりが灯った。  収まりきらなくて、上にも本を詰んだ本棚。座卓の上のノートパソコン。槙田の家のそれの、二分の一以下の大きさのベッド。  見慣れた景色を何となく見回しながら、いつもより少しだけ丁寧に鞄を置いた。  換気にと窓を開け、網戸は締め切る。流れ込んでくる虫の声と、冷涼な空気に目を細めーー 「……どうしよう」  声に出してはいけなかった。  発した5文字がぶわっと頭のなかに広がって、堪らずベッドに倒れ伏す。  どうしよう。どうしよう。  明日、槙田とどうしよう。  明日の夜ーーのことは憂鬱が劇的に深まるだけだから考えないことにして、とりあえず昼、どうしよう。  槙田は、俺の好きなところへ行き、俺の好きなものを食べようと言った。  俺の好きなところは劇場とか本屋。  だが、槙田は相変わらず演劇に興味がないらしい。本屋は何というか、それらしくない。  好きな食べ物は特にない。  強いて挙げるならわらびもち。  だが、わらびもちを食べられる店なんて知らない。それに、そんなこと知られたら「女子ですか」とからかわれそうなので至極言いたくない。  俺はタオルケットに顔を押し付けたまま、ううぅー、と長く唸る。  そもそも、デートって何をするものなのか。どこへ行って何をすればデートになるのか。  遊園地? 槙田が嫌がりそうだ。  映画館? 好みが別れそうだ。  水族館? ちょっと行きたい。 ーーでも、男二人で?  俺は思考を止める。  数十秒間タオルケットと同化してーーむく、と起き上がり、着たままだった上着のポケットを探る。  こういう時は、自分の頭で考えるより、インターネットに頼った方が良い。  ベッドの上で胡座をかき、さて、どう検索を掛けようかと画面を睨む。  と。ふいに携帯が震動を始めた。  ディスプレイに浮かび上がった名前を見て、辟易する。  ゴリラからの着信だった。
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