月花は憂う

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 ボリュームを可能な限り小さくしてから、通話ボタンを押す。 「……何か用か」 『サキ!今日も可愛い声だな!』 「すみません人違いです」 『何言ってんだよ、俺がお前の声を聞き間違えるわけないだろ?』  そう、気持ち悪いことこの上ない発言で俺を身震いさせた後で、わはは、と漫画みたいな笑い方をする。  その馬鹿でかい声ときたら、音量を調節していなければ鼓膜を破壊されかねない。  奴の名前は岩武信次郎。高校時代からの友人であり、俺が所属する演劇サークルで演出家を担っている男だ。  浅黒い肌をした大男で、アメフト部ですと紹介されても違和感がないほどに立派な体格をしている。  おおらかな性格の良い奴なのだが、良くも悪くもマイペースで、特に俺は振り回されることが多い。  その分妙なほどに気を遣ってくるけどーー時折どころじゃなく激しいスキンシップを求めてきたり、気持ち悪い発言を真顔でぶちかましてきたりもして、それが堪らなく不快だ。  俺は溜め息を吐き、ばふっと仰向けに転がった。  天井に蜘蛛の巣を発見して、ますます憂鬱になる。昨日取り払ったばかりだって言うのに。 「……俺はサキなんて名前じゃねえし可愛い声の持ち主でもねえけど、とりあえず聞いてやるから用があるならさっさと言え。3秒以内に言わねえなら切る」  目を閉じて、すぐさまカウントダウン。 「さん、」  つれないなあ、とぼやく岩武の背後から、複数人の喧しい笑い声がした。 「にー、」  どれもが聞き慣れた声だから、サークルの何人かで集まって飲んでいるんだろう。  だとしたら、岩武の用事というのも想像がつく。 『今、ゆーちゃん家で飲んでるんだけどさあ。咲良も来れないか?』  ビンゴだ。  目を開ける。赤い闇を見ていたのは数秒なのに、照明がもう眩しい。 『家にいるんだろ?』 「家だけど、……悪い、今日は無理」 『え?まさかお前、具合悪いのか?』  ずき、と痛んで、目蓋が震えた。  周りの空気が重みを増したような圧迫感に、俺は一人、自嘲じみた笑みを浮かべる。 「……馬鹿。眠いだけだ」  これから先、誘いを断る度に、あの日のことを思い出させられるんだろうか。  ーー当然の罰のような、気が、しないでもないけど。
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