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『そうか、なら良いんだけど……いや、良くないな、咲良に会えないなんて……』
憂いが飛んだ。
ありったけの不愉快さを込めて罵倒を吐き出そうと息を吸う。
が、岩武の嘆きを聞き付けた連中が騒ぎ立てる方が早かった。
「えっサキちゃん先輩来れないんすか」「会いたいよーサキちゃーん」「岩武が誘ったからじゃねえのちょっと代われ」と来て、
『いや、俺が駄目なら誰でも駄目だろ。サキは俺の嫁みたいなもんだし』
窓を力任せに閉め切りたくなるほどの悪寒に襲われた。
それは一瞬にして、燃えるような熱さに変わる。
奴の背後からわっとブーイングが沸き起こったが、自分の口でも吠え立てなければ気が済まない。
「信次郎てめえ、血迷うのも大概にしとけ……!誰がてめえの嫁だ、んなふざけたこと言ってると二度とてめえとは飲まねえし古賀に、」
言葉を止めたのは、声量的にお隣さんに迷惑が掛かるから、という理由ではなかった。
古賀優那。並外れた美貌と演技力を持つ、うちのサークルの看板女優。
そして、岩武の恋人。
初めて聞いた人は必ず衝撃を受けるその事実を、思い出すと同時に、閃いた。
思わずがばと起き上がる。
「な、なあ、岩武」
『うん?どうしたサキ』
急に大人しくなったな、やっぱり俺とお前の仲は認めざるを得ないだろ、と戯れ言を続けられたが、槙田をならってそこは無視する。
端末に意味もなく利き手を添えて、
「お前、古賀とその、……デートとか、行くよな?」
『え?まあ公演期間外なら、結構二人で出掛けたりはするけど』
こんなこと訊いて良いものかと、二度瞬きする間に逡巡した。
けど、俺と岩武の仲だからと、結局ぶつけることにする。
「…………どこ、行くもんなんだ。デートって」
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