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『え……?』
返ってきたのは、筋肉男の野太い声には似合わないことこの上ない、酷く切なげな一音。
それきり黙り込まれてしまって、
――あれ。
俺は視線をさまよわせる。
ーーこれって、
ーーやっぱ、
ーー訊いちゃ不味かったっぽい、のか。
顔が赤くなるのを覚えながら、質問を撤回しようと細く息を吸い込んだ。
そのとき。
『さっ、咲良ィ!?』
素っ頓狂な爆音に、比喩じゃなく跳ねた。
反射で端末を耳から遠ざけてもなおーー驚きに高く、速くなった鼓動を掻き消してしまうくらいの大声で、
『お前、まさか、こ、恋人が出来たのか!?』
「は、」
俺を凍りつかせる。
『そ、そんないつの間に、いや、どこの馬の骨とも分からないような子にお前を渡すわけには』
『えええサキちゃんまじか!うちのサークルにサキちゃんに手ぇ出せるような勇者、あー部外ってこともあるか、で、相手誰!?』
「う、」
『嘘だろ、嘘だと言ってくれサキちゃん!!』
「うるせえ!!」
喉が痛くなるくらい鋭く叫んでーー通話を断ち切ってしまおうと動いた指を、辛くも止める。
ここで切ったら、誤魔化せない。
ーーくそ、
インターネットで検索するより、経験者から直接聞いた方が、現実味がある気がした。
だから訊いた。考えなしだった。
ーー埋まりてえ……!
今日はもう、これで3度目。
3度目の正直だ。電話を終えたら布団に埋まろう。
岩武を誤魔化したらすぐ切って。どこへ行くかは明日の朝、今度こそ検索に掛ければいい。
震える拳で布団をばふばふ叩き、
「代わる代わる叫んでくんじゃねえ!つーか、今は岩武と話してんだろうが!」
そう、持ち主の手に端末を戻させる。
『咲良……』
打って変わって弱々しく呼ぶ声。俺は舌打ちを聞かせ、
「……勘違いしてんじゃねえよ、この迷惑ゴリラが」
『え?……え、じゃあ、違うのか?』
恋人なんて、いないのか。
そうだ、と。肯定しようと動いた唇が止まる。
驚きの余韻に弾む、心臓の音。
どく、どく、と少しだけ速くて、
今にも、きゅううと縮まりそうな。
「……友達に、訊かれたんだよ。デートでどこ、行くべきなのかって」
俺は曖昧な嘘を吐いた。
鼓膜を揺らす鼓動の音が、コオロギだかキリギリスだかの声に置き換わる。
「けど、も、いい」
これで大丈夫。きっと。
言い聞かせて、電波を断ち切った。
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