99人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
結局、すぐ寝ることはしなかったし、出来なかった。
まず風呂を沸かして、熱い湯船に浸かった。汗と一緒に憂鬱を流してしまおうと考えて。
だけど透明な湯の揺らめく様を黙って見ていたら、槙田のことや先の失態が、じわりじわりと脳を蝕んで。
顔を洗って払拭しようとした刹那、脚が八本の生き物がどこからともなくダイブしてきて、世を儚みたくなった。
歯ブラシを見ると再び槙田のことを思い出したが、塩で磨くわけにもいかないので、鏡に映した頬を真っ赤にさせながら堪えた。
もうくたくただ、さあ寝よう、と、いざベッドに横たわると、芸術と呼ぶに相応しい四つ角の巣の主がお帰りになっていた。無視できないほど大きかった。
そんなこんなで、ようやく寝付いたのは明け方。最後に時計を見たときには、確か午前4時だった。
9時過ぎにはっと目を覚ました俺は、今日が土曜日だと携帯を見て認めーー
やべえ今日ゼミだーーそう、一瞬のうちに覚醒。大量の冷や汗を流しながら上体を起こした。
けれどすぐに、ゼミは隔週で、今日はただの休みであることを思い出し、くず折れる。
それと同時に14時からの予定についても思い出し、うつ伏せて悶え苦しんだ。
そんなとき、利き手で握り締めていた携帯が振動した。
ディスプレイを起こすと、今来たものより先にもう一通メールが届いている。
日付が変わる前、通話を切ってからすぐの時刻。
差出人は、岩武。
5秒ほど躊躇した末、開いた。
まず飛び込んできたのは謝罪の文句。
続いて、俺が恋人を作っていなくてほっとした、と言う主旨の文。
ーー……不謹慎じゃねえの、これ。
そして改行したあとでーーちゃんと聞いていたらしい。例の質問の答えが、三行ほどで綴られていた。
単語を拾うと、映画、動物園、カラオケ。
締めの文は『どこでも、二人で行きたいところに行けばいいと思うよ』。
2度読み返しーーカラオケ、の4文字に目を留める。
ーーカラオケも、デートになんのか。
俺はカラオケが好きじゃない。
歌下手だし、部屋中に響いた自分の声の高さや鋭さを聞いていると、マイクを放り出したくなる。
けど。槙田の歌。
枕に顔の下半分を埋めてーー何となく悔しくて、俺は独り眉を寄せる。
ーー槙田の歌は、聞きたい、かも知れない。
最初のコメントを投稿しよう!