月花は憂う

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 * * *  結局、すぐ寝ることはしなかったし、出来なかった。  まず風呂を沸かして、熱い湯船に浸かった。汗と一緒に憂鬱を流してしまおうと考えて。  だけど透明な湯の揺らめく様を黙って見ていたら、槙田のことや先の失態が、じわりじわりと脳を蝕んで。  顔を洗って払拭しようとした刹那、脚が八本の生き物がどこからともなくダイブしてきて、世を儚みたくなった。  歯ブラシを見ると再び槙田のことを思い出したが、塩で磨くわけにもいかないので、鏡に映した頬を真っ赤にさせながら堪えた。  もうくたくただ、さあ寝よう、と、いざベッドに横たわると、芸術と呼ぶに相応しい四つ角の巣の主がお帰りになっていた。無視できないほど大きかった。  そんなこんなで、ようやく寝付いたのは明け方。最後に時計を見たときには、確か午前4時だった。  9時過ぎにはっと目を覚ました俺は、今日が土曜日だと携帯を見て認めーー  やべえ今日ゼミだーーそう、一瞬のうちに覚醒。大量の冷や汗を流しながら上体を起こした。  けれどすぐに、ゼミは隔週で、今日はただの休みであることを思い出し、くず折れる。  それと同時に14時からの予定についても思い出し、うつ伏せて悶え苦しんだ。  そんなとき、利き手で握り締めていた携帯が振動した。  ディスプレイを起こすと、今来たものより先にもう一通メールが届いている。  日付が変わる前、通話を切ってからすぐの時刻。  差出人は、岩武。  5秒ほど躊躇した末、開いた。  まず飛び込んできたのは謝罪の文句。  続いて、俺が恋人を作っていなくてほっとした、と言う主旨の文。 ーー……不謹慎じゃねえの、これ。  そして改行したあとでーーちゃんと聞いていたらしい。例の質問の答えが、三行ほどで綴られていた。  単語を拾うと、映画、動物園、カラオケ。  締めの文は『どこでも、二人で行きたいところに行けばいいと思うよ』。  2度読み返しーーカラオケ、の4文字に目を留める。 ーーカラオケも、デートになんのか。  俺はカラオケが好きじゃない。  歌下手だし、部屋中に響いた自分の声の高さや鋭さを聞いていると、マイクを放り出したくなる。  けど。槙田の歌。  枕に顔の下半分を埋めてーー何となく悔しくて、俺は独り眉を寄せる。 ーー槙田の歌は、聞きたい、かも知れない。
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