月花は憂う

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 最後にもう一度、メールの回答部分を読み返す。  「カラオケ」と「どこでも、二人で行きたいところ」という箇所に、しつこく視線を往復させた。  昨日のあの言い方じゃ、槙田はきっと、俺の決定に全面的に従うつもりでいる。  遊園地だろうと水族館だろうとカラオケだろうと、たぶん一緒に出掛けてくれる。  たとえ、内心じゃどんなに嫌でも。あの鈴の音を、実際にあれこれ鳴らしながらも。  そう分かっていて――分かっているからこそぐだぐだ悩む。  俺の性格の問題だ。  失敗したくない。  失敗して、失望されたくない。  相手がどんなに大嫌いで、どんなにド変態だろうと関係ない。ひたすら、失望されるのが怖くて悩む。  失望されてもしょうがないくらい駄目な奴のくせして、なんて自分勝手な悩みだろう、と思う。 「……あんだけ歌上手いんだし、……嫌いってことは、ねえよな」  くぐもった独り言は、言い聞かせるため。  大丈夫だと。きっと、間違っていないと。  それでも足らずに幾度か頷いてから、端末を操作してメールの返信画面へ。 『ありがとう。  こっちこそ、何かごめんな』。  ちょっと親指を休ませてから、付け加えた。 『友達に、ちゃんと伝えとく』。  米はある。けど炊いていない。  炊飯器の中も空。洗ってはおいたけど。  炊飯器の脇に目をやると食パンが一切れ残っていたから、それをオーブンに投入した。  うちの台所は槙田の部屋のそれの二分の一。突っ立ったままで大体のことを済ませられる。  チン、とチープな音をたてて焼き上がったトーストに、安いマーガリンをさっと塗った。  座卓の、お決まりの位置に腰を下ろして、栄養に何の配慮もない朝食を食んだ。  シャワーを浴びて濡れたままの頭を、網戸を潜りぬけてきた涼風が乾かしてくれる。  同じく網戸を抜けて来た羽虫が、玄関の方へふらふら漂っていくのを、 ――そっち行っても出られねえのに。  沈黙のなか見送った。  はっと思い出したのは、平皿を洗い終えたとき。  スポンジそろそろ替えなきゃな、とぼんやり思っていたら、スポンジとは何の関連も無いのに唐突に浮上した。  慌てて手を拭いて――しかし、水気はしっかり取ってから、帰宅時から全く触っていないショルダーバッグに駆け寄った。
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