月花は憂う

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 * * *  約束の場所には5分前に着いた。  いつもはもう少し早く着くように家を出るのだが、槙田相手だと「俺と会うのがそんなに楽しみだったんですね」とかほざかれそうなので、あえて遅めに。  ギリギリまで服装をどうしようか悩んでいて、なんて理由では断じてない。  長らく俯けていた視線を持ち上げれば、建物にこもるプランにしたことを反省させられるような、気持ちのいい秋晴れだった。  淡い影を刻む穏やかな陽射しが、空の高くを漂う雲を白々と映えさせている。  ため息一つくらい吐きだしたって、すみわたった光景は微塵も変わらなかった。  休日の午後だけあって、駅前広場を横切る人の流れは絶えない。  秋と夏のあいだの時期だから、人々の装いはそれを反映して、涼しげな素材の長袖が圧倒的。  携帯電話を耳に押し当て、厳しい表情で頷きつづけている壮年の女性は、オーソドックスな黒のパンツに、長袖の白いブラウスを陽光に照らせたクールビズ。  俺より少し年上くらいの若い両親に挟まれ、けたたましいソプラノで何事かまくしたてている男の子は、七分丈のシャツを着ている。  それから何となく見覚えのある、大学生らしきジャージ姿の男3人組に、カップル――もちろん男女の。  しな垂れかかるように男の腕に絡みついた、その、大胆にさらされた脚線美から、目を離した。  大学の入学祝いに、母さんがくれた腕時計を見る。  14時5分。  まだ待ち人は現れない。  そわそわと辺りを見回しているところに来られたら、「俺のこと必死に探してる姿、飼い主とはぐれた子犬みたいで可愛かったですよ」なんてにやつかれそうなので、俺はまた俯く。  背後には、赤い楕円や歪んだ白い長方形――いくつもの図形が複雑に絡みついた謎のオブジェ。  俺がこの町に来る前からあって、芸術性を感じるかはともかくひたすら目立つので、待ち合わせスポットとして活用されている。  巷じゃ「駅前で待ちあわせ」と言ったら、ここにあつまることをさす。  現に俺の他にも数人がたかっていて、そんなだから、既に違う場所に立っていることもないと―― ――……だけど、ひょっとして、ってことも。  急激に不安になって、ズボンの後ろポケットから携帯を取り出した。  着信履歴を開く。一番上――は岩武だ、二番目の番号を人差し指でタップ、 ――……でも、  しようとして、間際で止める。
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