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「……何でそんな、めんどくせえこと」
「鈍いあんたには分かんないだろうな」
間髪いれずに返されて、むっと下唇を尖らせた。
落ち着いてからゆっくり説明しますよ、と苦笑しながらつくろう声は、まるでたしなめるような口振りで。
不愉快だ。いつもどおりの生意気な態度も、いつもと違うその格好も。うるさく騒ぎ立てる心音も、じりじり熱い身体の芯も。
喉の奥で、張り切ってぎゅんぎゅん血液を回す心臓に、問う。
――そんなに嬉しいか。
――……ご主人様に会えて。
「じゃ、どこに行きましょうか?」
下記の公式を証明せよ。棒線部の行為をしたときの美香の心境を答えよ。
解答を求める明朝体みたいな。
「……ついてこい」
胸の底から絞り出すように告げて、背を向ける。裂けそうになるくらいの大股で歩きだす。
携帯を握りっぱなしだったのに気付いたけど、横断歩道をひとつ越えるまで、そのままにした。
黒、シルバー、シルバー、白、紫――
信号待ちで長々とつらなった自動車の横を、足早に過ぎていく。
10メートルほど先で青がともって、無機質な蛇がゆるやかに動き出す頃に、目的地にたどりついた。
居酒屋なども入った商業ビルの、1階から3階を占めるカラオケ屋。
問答無用で自動ドアを抜ける。男性シンガーが秋風に似た声音で歌うバラードと、甲高いいらっしゃいませの声に出迎えられた。
壁に沿って置かれたL字型の長椅子は、順番待ちの客で満たされている。
予約をしておいて良かった。内心では胸を撫で下ろしつつ、押し黙ったまま受付の――3組ほどが並んだ最後尾についた。
椅子のはしに腰かけた制服姿の女子高生が、露骨にこちらを窺っているのが視界の隅にちらつく。
「……意外だな」
注目の的が、ぽつりとこぼした。
いぶかしげに顔を歪めて振り向くと――どうやら独り言だったらしい。長い睫毛がかすかに震え、おくれて鳶色の瞳がこちらを見る。
カッと、せっかく散った熱が再集結。
てめえその顔やめろ――理不尽なことを言い出しそうになる唇を無理矢理閉じたら、歪な形に結ばれた。
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