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「なるほど。つまり先輩は俺の歌を聴いて、ますますメロメロになりたいと」
だんまりをきめこんでいたら、ふざけているのか真剣なのかわからない平坦な声音で、そう結論づけられた。
「いいですよ」
槙田はくるりと方向転換して、くつろげられた通路の中程でとまる。
テーブルの位置を、息をするように元通りに。光沢のある革張りのソファに腰をうずめつつ、カゴからタッチ式のリモコンを取り出した。
窮屈そうに重なりあっておさまっていた2本のマイクが、カゴの底で仲良くごろりと寝そべる。
「……ますますも何も、メロメロになった覚えとか全くねえんだけど」
「リクエストあります?」
いつも通り華麗に無視し、タッチペンで端末の画面をリズミカルに弾く。
一人まぬけに立ち尽くしていたのに気づいて、なるべく音をたてないようにそっと座り込んだ。
「腰砕けになるくらいやらしいのが良いですか?」
「ものすごく健全なのが良い」
ものすごくって言うと童謡とかかな、と苦笑するのを、なぜこの男はいつでもどこでも肌色モードに入れるのかと白い目で眺めて――
――あれ。
唐突に、胸騒ぎを覚えた。
――なんかいま、
尖らせた視線で自分の膝を刺して、
――すげー、自分勝手なことしてる、
――気がする。
冷静に、考えてみる。
カラオケを選んだのは俺。それも、了承も得ずに連れてきた。
なのに理由もつたえず歌え歌えとせがんで、ほとんど無理矢理歌わせる、なんて。
――……気が、じゃなくて、
――してる。んだ。
指先をそわそわさせるのは自責の念。
上目遣いに槙田を窺った。
黙って端末をいじり、曲探しに没頭している表情からは、迷惑そうな様子は感じられない、けど。
ずるい俺は槙田に背を向けて、ひっかけたままだったショルダーバッグのファスナーを引いた。
暗闇の底、いっそう深い黒をした小箱をこっそりと開ける。
埋め合わせになるかはわからないけど、もとより、そのつもりだったから。
すでに金具は外してある。あとは首に巻き付け、金具を、
金具を、
金具を――
焦っていたずらに動いていた指が、刹那、凍った。
「貸してください」
耳の裏側をくすぐる声は、低く、愉しげで、ぞっとするほど艶やか。
従って、俺の両手は膝の上に落ちる。
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