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「っ……時計見たくせに今が何時だか分かってねえらしいな……、今からなんて絶対ご免だボケ」
「そうなんですか?これでもかってほど俺を誘ってくるから、ついその気でいるのかと思ってたのに」
誘ってねえ、とむくれると、ほら誘う、と熟れた頬をつつかれた。
顔を背けるようにその手から逃れつつ思う。
このド変態ときたら、そのうち突っ立っているだけで「誘ってる」とか言い出しそうで怖い。
「……それに、時間余るってわかってたはずなのにきっちり2時間で切り上げたから。先輩の事だから、ホテルに行きたいなんて言い出しにくくてわざと」
「何が先輩の事だからだ、俺の普段の言動見てればんなこと考えるわけねえってちゃんと」
「行きたいとこ、あるんですか?」
ふたたび、今度は槙田に見えないようむくれた。
通り掛かったファーストフード店の、壁一面の窓ガラスにその醜悪な面が映り込んで――たまらず俯く。
コンクリートにめり込みたい気持ちでいっぱいになった。
「……駅」
内心の動揺を誤魔化すために、ふてくされたように呟いた。
夕暮れが近づき、先刻より伸びた自分の陰を睨みながら、俺は岩武からのありがたい助言を思い出す。
――行きたいとこに行くのが、デート。
「駅戻って、店とか見て回らねえか」
「良いですよ」
表情を横目に窺うと、目があって、にこ、と微笑まれた。
何だその腹立つ顔、と思いつつ、その実ほっと安堵する。
――行きたいとこについてきてもらうのも、たぶん、デート。
次の目的地は、駅前のショッピングモールになった。
重いので有名な観音開きの扉を、槙田が易々と押し開ける。
その先にはさすがは休日の喧騒と、コーヒーの香ばしい匂い。
すぐ右手がカフェになっている。男一人で入るには勇気がいる、可愛らしい雰囲気の。
本や服を買おうと思ったらまずここへ来るのだが、公演期間を挟んだからご無沙汰していた。
歩きながら辺りを見回すと、前来たときから店の配置が変化しているような気がした。
さして言葉を交わさなくても、俺たちの足は男物のブティックが集う2階へ向かう。
槙田の後ろでエスカレーターに運ばれつつ、よし、とこっそり頷いた。
あとは槙田が勝手にどこかの店に入って、勝手に何かを見始めてくれれば良い。
俺はそれを観察して、
――好みが分かれば、
――お返しも、選びやすくなる。
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