月花は憂う

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 槙田は言った。  いま首元で揺れている銀の桜。気が引けるならお礼だとは思わなくていいと。  それでも貰ったことに変わりないし、これまでにも散々色々なものを奢られてしまっている。  タクシー代とか、槙田の家で使うとは言えお茶碗代とか。  何より今日は、沢山歌を聴かせてもらった。  乏しい資金で買えるもので対価になるわけがないけど――少しでも、そのお返しがしたかった。  階上に着くと、槙田は俺を振り向き、 「行きたいお店とか、あります?」 「や、そういうのはねえけど漠然と……その、服が見てえなって。お前はねえのか?行きたいとことか、見たいものとか」 「俺は先輩のあられもない姿を見たいです」  ぐ、と喉の奥で呻いて、目を逸らすがてら辺りを見回した。  槙田のいまの装いと雰囲気の近い店を選び、とりあえずあの店どうだ、と指差す。  槙田は、先の変態発言が嘘だったように爽やかな笑みを浮かべ、首肯した。  少々思惑とは違うけれど、白と黒を基調とした、シックな印象の商品が並ぶ店内に足を踏み入れた。  細かく波打った髪と髭が特徴的な店員が、レジからいらっしゃいませ、と鈍い声を飛ばしてくる。  適当にジャケットを掴んで見る振りをしつつ、ちらと隣を窺うと。  俺に身体の正面を向けていた槙田は、首をかしげる。 「……俺じゃなくて服見ろよ」 「すみません、さっきの訂正します。俺はあられもなくない先輩でも見ていたいんです」  咄嗟に店員との距離をはかった。  話が聴こえてもおかしくない――けど、カウンターで作業をしているその様子に変化は見られなくて、ほっと胸を撫で下ろす。と。 「なんてね」 「……てめえな、冗談でも言って良いことと悪いことがあんだぞ」 「冗談ではないです。一緒にいるときに、あんたから目を離していたくないってのは本当」 「う」 「だけど今は、先輩の好みが知りたくて」 「うぐ」  2度パンチを食らい、奥歯を噛み締める。  どうしてコイツは、そういうことを平然と言えてしまうんだろう。 「俺の好みなんて、……俺は、何でも着るし」  むしろお前はどんなのが好きなんだよ――俺は、素直にそう返すことすらできないのに。 「へえ」  ん?と顔を上げると、奴は笑みを歪に変えていた。 「何でも、か。……なるほど」 「今てめえの頭に浮かんでるようなのは着ねえかな」
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