月花は憂う

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 それでもめげずに抵抗を続けているとーーやがて槙田は溜め息を吐き、俺をすると解放した。  大きく肩を上下させ、熱い眼で睨みつける俺を、腹立たしいほどに涼しい顔で眺め、 「分かりました。夜まで待ちます」 「……馬鹿言え。飯作ったらすぐ帰ってやる」 「なら今ここで」 「ぐ」 「下、床だから痛いですよ。ドアにも近いから……ひょっとしたら、お隣さんに聞かれちゃうかもな」 「……覚えてろよこのド変態が……!」  ーーと言う訳で、ただでさえ奴に翻弄され、しかも夜まで翻弄されることが決定し苛々しているところに、今日の歯ブラシはこれでいいですか、と来た。  入浴剤なら分かる。  百歩譲ってパジャマならまだ分かる。  だが、歯ブラシはねえ。 「いいか槙田。手動でも電動でも、てめえがどんな歯ブラシを使おうが俺には一ミリも関係」 「じゃあ、これも使って良いですか」  無視は槙田の十八番だ。  だが負けない。そっちがその気なら、俺だって無視してやる。  味噌汁を小皿に掬って味をみる。小さく頷き、蓋を閉じた。  次は肉じゃがだ。材料を冷蔵庫から取り出していく。  家庭的な料理と言われて肉じゃがに至るのは、些かオーソドックスに過ぎるかも知れない。  だが、俺なんかの乏しい発想力では、頑張ってもその程度。  先に受けた説明で、調理器具の場所は把握している。  男の一人暮らしで、しかも料理は殆どしないにもかかわらずこの不自由の無さは何なのか。つくづく奴の裕福さを実感しつつ、しかし本人の姿は極力視界に入れないようにしながらーー 「媚薬も良し、と」  思わず振り向く。  槙田は怪しげな液体を満たした小瓶を、瑕疵のない手で弄びつつ微笑んでいた。 「……何だ、それ」 「だから媚薬ですよ、経皮吸収の。塗ると気持ち良くなる薬です」 「は、……塗る、って」 「勿論、」  コイツが邪気なく笑っているときは、ろくなことを考えていない。 「先輩に。今日の夜。たっぷりと」 「……却下だ」 「もう回答は締め切りました」 「きゃ、っ、か、だ!」 「駄目です。歯ブラシも媚薬も使います」 「何が駄目だ全然駄目じゃ、」  と。俺は皮むき機を振り回していた手を止めた。
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