愚直な騎士様

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 ホーエルツェルンという王国がなくなり、新たに共和国となってからもう三年が経つ。  今や高位貴族たちの実質的な支配権力はなくなり、元王族といえどもそう庶民と対して変わらない生活をを送っている時代だった。  その最中、まるで時代を逆行するかのように自分を騎士と名乗る一人の男がいた。  男の名はウェラール・ド・ベルナールといい、農業が盛んな町ハルスの傭兵として生計を立てている青年である。  そんな彼は今、自身の問題に対して酷く頭を抱えているのだった。 「今日も穏やかだ。しかし……」  目の前には黄金色の麦畑が広がっていた。  もうそろそろ収穫の時期だろう麦穂が風でゆらゆらと揺れているのを見ると、彼はたちまち不安に思う。果たしてこのままでいいのだろうかと。  ホーエルツェルンが共和国となって以来、多くの兵士たちはその地位と職を失った。  それは王直属の護衛兵である騎士も例外ではなく、若き騎士であったウェラールはその役目を果たそうと意気込んだ矢先にクビを切られてしまったのだ。  路頭を彷徨い、各地を転々とするうちに辿りついたのがこのハルスの町だった。  彼は町長に自分を売り込み、なんとか傭兵にさせてもらった次第だ。  しかし……。 「……おれがやりたいのはこんなものじゃない」  それはほとんど彼を満足にさせてはくれない。  日がなやる仕事といえば、農作物に悪さする者を監視することと、力仕事といった地味な作業の類だった。  賃金も低く、こんな生活だったらまだ新米兵士の頃の方がやり甲斐があっただろう。  彼は腰に刺さった一本の剣を引き抜いた。  そして、目の前の麦畑にその剣先を突き立ててみる。  すると、急に歓喜が湧きでて、体中が熱くなるのがわかった。  どうやらウェラールは根っからの騎士であるらしい。 「おい、そこの者。怪我したくなければそこを離れろ」  ウェラールはじっと近くの麦畑に視線を寄せていた。  それはというもの、先ほどからそこらの麦が不自然に揺れ動いていたからだ。  この辺りでは麦泥棒が多発する。風や小動物とは明らかに違う揺れ方をしたとき、まずそうだと考えた方がいい。ここは脅しておくのが一番なのだ。  けれども、彼が忠告したにも関わらず相手の動く気配は全くない。  彼は麦をかき分けて中へと押し入った。  視界が遮られ、辺りは静寂に包まれる。 (この緊張感。いい感じだ……)
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