第1章

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「はぁ……まだ無職か……」 男は独り、溜め息をつきながら街中を歩く。消えそうで消えない街灯が路地を小さく照らす。それだけが彼に向いた光だった。馬のような面をバカにされていたことだけが彼の人生で変わらなかった事であろうか。オマケに名前が馬田なんて言うものだから、周りはそれだけで盛り上がって彼をバカにしていた。 彼は波乱に満ちた、とは決して言えないながらも、綺麗な道など通って来たとは決して言えないような人生を送っている。 彼は今日、仕事がない。 「よぉ、シラけた面してんな。元々か?」 「そうだよ、お前はいいよなサルよ」 話しかけて来たのは、彼の一番嫌いな男だった。名前は田宮淳平。道に転がって生にしがみついている馬田とは真逆を歩く人間だ。昔は眼鏡をかけて、メガネザルだとからかわれていたコイツも、いつの間にか企業を立ち上げて成功。今を歩く男といえばコイツとも言える、雑誌にもよく取り上げられていた。 「ここで話もなんだろ? どうだ、一杯やらねぇか?」 「遠慮しておくよ」 馬田には金がない。一企業、それも有名な企業の社長なんかと飲める財産は持ち合わせていないのは当然のことだ。 「なんだよ、連れねぇな」 「お前と遊んでる余裕なんかないんだよ! 放っといてくれよ!」 馬田は思わず声を荒げた。それに怯んだ田宮は、一瞬言葉に詰まる。その間に、馬田はその場を早足で後にした。 「なんで今更……」 馬田と田宮は、昔は親友と呼べる仲であった。バカにされる者同士、ウマとサルと呼び合い、毎日一緒にいた。それが疎遠になることに、大きな出来事はなかった。 ただ、僅かに広がった距離は月日を追う毎に、大きな亀裂へと変わっていった。それを修復する作業なども起こらず、今まで連絡を取らなかった。にも関わらず、最近になって馬田の前に、田宮がよく現れるようになった。 馬田にとっては、それは嫌味のようにしか感じられず、日に日に焦燥感と嫌悪感は膨らんでいく一方であった。 「ネットカフェでいいか……」 家などとうに売り捨てた。それ以外にも、財産などは馬田には一つとして残ってはいない。 いつもは違うというような言葉を、わざとらしく吐いて、いつも通り馬田はネットカフェに入った。
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