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会いたいのに、遠ざけたくなる。
大切にしたいのに、壊したくなる。
日を追うごとに増して行く、混濁とした感情を持て余して。
常に何かに急き立てられるような、追われているような感覚に逃げ出したくなる。
そんな自分に慣れるのは、ひどく困難だった。
「…こちらでよろしいでしょうか」
白い手袋に差し出した、ベロア生地のトレー。
乗せられたのは、鈴の以前から特注していた指輪。
本当は誕生日に渡すつもりでいたが、出来上がりに納得がいかず、何度も作り直しをしたせいで延びに延びてしまった。
今回のピンクゴールドは、ちゃんと思い描いていた桜色。
プラチナとのコントラストが鮮明だ。
そして肝心なのは、内側に埋め込んでもらったブルーダイヤ。
以前のものに比べて、水色がはっきりと澄み切っている。
目の前の、担当してくれた店長の前田さんは神妙な面持ちで俺を見つめる。
「これでお願いします」
すると彼は一気に表情が緩み、安堵の息をついた。
今回もダメ出しされるのはないかと、気が気ではなかったのだろう。
「…お前、やりすぎだろ」
呆れたような口調で話しかけてきたのは、隣の席に腰掛けている近藤さん。
仕事の合間に寄ったため、送ってくれた彼も自然とついて来たわけで。
「普通ですよ」
「いやいや、お前その値段は」
「あー、もううるさいなぁ」
自分のお金なんだから、好きにさせてくれ。
他に使うところなんかないし。
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